12月最後の三日間、東京の空は紺碧だった。
一枚ガラスのような空は、街のなにもかもを吸い上げていきそうに輝いていた。

桜の落ち葉が、うず高く裏木戸の通路に積もり、からからに乾いていた。
それは、かたずけることを思うだけで気が滅入るほどの分量だった。
しかしコンクリートで固めた通路では、いつまでも朽ち葉はそこにあるだろう。
しかたないので、大きなビニール袋に枯葉をすくっては入れ続けた。

そんな単純な作業を繰り返していると、やりかけの仕事やそれに伴う一切の煩わしさ、家族やら親族との交流の記憶が、断片となってから意識に集約されて外へ出て行く。
思い出というのは、2度と使われない乳母車、プラスチックケースに入ったピアニカ、
壊れたカメラ、レコード針のないターンテーブルの集積みたいなものかもしれない。
現在にも、おそらくは未来にも不要なものなのにあっさりと捨てるわけにもいかない物。
自分自身を整理して、たましいにも休息を与えたくなったなら、そういった物をすべてかたずけて視界にはいらない特定の小部屋に閉じ込めておく必要がある。

私は生きる糧を与えてくれる職業に感謝している。
それから、自分の家族を持つ体験をさせてくれた夫にも感謝しているし、子供たちにも感謝している。
けれど、それは個人的な問題であってそれ以外であってはならない。
本来家族というものに重きがあるのなら、そのような一つの単位は守られなければいけない。
誰によって、あるいは何によって・・・・・
国家という単位からみて重きを置くのであれば、それはひとつの法によって確かなものとされなければ何も始まりはしないのだ。

もし、誰かが高みにたって「親孝行をせよ」と奏ではじめたら、私は少しは注意していたい。
私は、心の奥で両親には感謝しているにちがいはないが、それはこの世に生まれた必然と偶然と連立を成す程度の感謝であり、それ以上のものではない。
私を含めたひとりひとりの人間が『国民』と称されるのなら、『年老いた国民』の面倒は国家の手中に委ねられなければ、すべてのうその始まりではないのか。

個人的な「孝行」は、個々人の愉しみの範疇におさめるべきで、何人によっても強要されるものではなくて、人が親となったなら、成人して巣立っていく子供の背中に向かって「今まで楽しませてくれてありがとう」と見送るのが筋ではないのか。
よぼよぼになった国民の面倒を見る義務があるのは国家だけである。

2009年元日の東京は、ちりちりとした風がふきながら見事な快晴である。

川村法子



Noriko KAWAMURA Index