《 はるかな現在 》

 右手には国技館が見えた。通りを渡ったところに、水上バスの発着場がある。 そこから見える隅田川は、鉄色に光って、川幅は橋からの眺めよりずっと狭く感じられた。少しすると、船がスムースに乗り場に停泊してきた。

   陽には春を思わせる暖かみがありながら、水上バスのデッキに立っていると、吹いてくる風には、依然冬の名残りがある。 両岸のそこかしこに、比較的新しい居住用のタワービルと共に植樹された桜の木々が見えてくる。それらの枝ぶりも、競うようにして付けた花も、人工のように整然と立ち並んでいる。

 今しがた歩いていた街が後方へと遠ざかり、ちいさくなって全体を表し始める。その街 東京に、私は生まれ暮らしているが、過ぎていった時間とともにそれらも去っていく。 浜離宮前で、水上バスがスピードを緩めると、小さな白い点のように見えたカモメが、その羽を垂直に広げ鳥の形を成した。 勝鬨橋を過ぎてお台場海浜公園に近づく頃、カモメの姿は再び小さな白い点となって視界から消えた。 かわりに、水面に浮かぶ黒い大きなシミのようなものが鳥の姿となって静止した。 カラスは、そう遠くないところにいるはずなのに、そちらからはこちらが見えていないように無関心に点在していた。

 両岸のどこかに人の姿が見えると、たいていの人々は水上の我々に手を振り、立ち上がりあるいは少しでも距離を縮めようとするかのように駆け出してくる。 または動く事はしなくても、じっとこちらを見つめている。水上の動く船は、目に見える時間の流れとなってある時視界に現れて消えていく。

 流れて行く私の方から見ると、流れて現れて消えて行くのは岸辺の人々の方であり、それら人々の営みをかもし出す街の姿だ。 そのようにして、絶えず動いている船の上で、私の意識は何かを映して無限の象と成す。

川村法子(2008.12.25)
Copyright(C) 2008 Noriko KAWAMURA


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