畠山直哉−「LIME WORKS」

 「ライム・ワ−クス」という素晴らしい写真集が登場した。シナジ−幾何学(03−5272−8721)より、発売されている。畠山さんのファンの方、美しさのみのカラ−写真は飽き足りないという方、そして高度な造形感覚を要求される立場にある方々に、ぜひお買い求めいただきたい一冊と思う。

 タイトルのライム・ワ−クスとは石灰工場のことである。石灰工場と聞いただけで胸が躍るという人はいないであろう。しかし、この石灰工場はドキドキさせてくれた。私の勝手な考えでは、この写真集とあじさいの花をセットにすると素敵な贈り物になるのではないかと確信する。
 ガラスの器に活けられたうすむらさきのあじさいの花を視界の片隅におき、G線上のアリアの調べに包まれながら、ゆったりとながめていたい別天地である。

 この書評は、すでに写真評論家の大辻清司氏によって、極めて高度なレベルで的確に書かれている(現実と非現実の分水嶺・もう一つの景観−アサヒカメラ1996.06)。他の追随を必要としない名文なので、興味のある方は併せて読まれてほしい。

 私は「ライム・ワ−クス」によって、日本の国が石灰石の国でもあることを知らされた。この写真集には作者・畠山さんのエッセィが挿入されていて、そこに書かれていたのだった。
 このエッセィも、洒落たフランス映画のイントロダクシォンを連想させる趣があって味わいの深いものだ。読んでいる私が、いつのまにか語っている彼に感情移入していき空想は静かに膨らんでゆく。それはまさに、大辻氏の言葉をかりれば、「現実描写を何よりも得意とする写真を武器として現実と非現実(幻想といってもいい)の分水嶺、あるいは揺れ動く境界線を見つけだしたこと」に他ならないのであろう。

 「ライム・ワ−クス」には憂愁をふくんだストイックな情熱が凝集されているように思われる。そこには、ひとりの人物も人影も見あたらない。畠山さんの視線によって、世界は停止し永遠の静寂に支配されてしまったかのように見える。グリム童話の世界のように魔法をかけられて時間は停まる。すべての人間は眠り続ける。そこはひとつの国なのだ。停止した時間を再び動かすためには、なにかの力によってその魔法をとかねばならない。これは眼で見る写真集ではなくて、魂で触れる写真集と考えることが正しいように思われる。

 最後に北欧の画家、カスパ−ル・ダヴィッド・フリ−ドリヒの名言を捧げたい。
 「まず精神の眼でタヴロウを見るために、きみの眼を閉じるがよい。しかるのち、きみがきみの夜のなかで見たものを、白日のもとに描き出すのだ。」


川村法子 1996.6.10
Copyright(C) Noriko KAWAMURA 1996


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